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横浜地方裁判所 平成元年(ワ)2271号 判決

原告(反訴被告)

渡邉和子

右訴訟代理人弁護士

瀬沼忠夫

右訴訟復代理人弁護士

山崎邦夫

被告(反訴原告)

越登喜子

右訴訟代理人弁護士

川原井常雄

篠崎百合子

滝口秀夫

主文

一  被告(反訴原告)は原告(反訴被告)に対し、別紙物件目録(1)記載の土地のうち別紙第一図表示のイ・ニ・ホ・ヘ・イの各点を順次直線で結んだ範囲内の部分上に自動車、スクーター、自転車、植木鉢を置くなどして原告(反訴被告)の通行を妨害してはならない。

二  被告(反訴原告)は原告(反訴被告)に対し、同目録(1)記載の土地のうち別紙第二図表示の斜線部分に張り出している竹木の枝を剪除せよ。

三  原告(反訴被告)のその余の請求を棄却する。

四  被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。

五  訴訟費用は、本訴、反訴を通じこれを四分し、その一を原告(反訴被告)の負担とし、その余を被告(反訴原告)の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告(反訴被告。以下、原告という。)の本訴請求

1  主文第一、二項同旨

2  被告(反訴原告。以下、被告という。)は原告に対し、金一四〇万五〇〇〇円及びこれに対する平成二年一二月一四日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告の反訴請求

1  原告は被告に対し、被告が別紙物件目録(1)記載の土地(C地)のうち別紙第一図(第一図)表示のイ・ロ・ハ・ニ・イの各点を順次直線で結んだ範囲内の部分(C①地)を通行することを妨害してはならず、かつ、平成元年七月一日から被告がC①地の通行可能に至るまで一か月金三四二五円の割合による金員を支払え。

2  原告は被告に対し、C地のうち第一図表示のイ・ニ・ホ・ヘ・イの各点を順次直線で結んだ範囲内の部分(C②地)内に設置した雨水及び汚水のためのマンホール各一個、電気引込み用の電柱一本を撤去し、かつ、平成元年七月一日から右各撤去ずみまで一か月金三四二五円の割合による金員を支払え。

3  原告は被告に対し、金二二九万六二〇〇円及びこれに対する平成元年一〇月一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は原告の負担とする。

5  仮執行の宣言

第二  当事者の主張

(本訴)

一  請求の原因

1 横浜市港南区笹下三丁目四六二一番畑七六三平方メートルは、原被告らの亡父田中藤次の所有であったところ、同地は昭和五一年三月九日、C地、別紙物件目録(2)記載の土地(B地)、同目録(3)記載の土地(A地)に分筆された。

2 藤次は、昭和五五年一〇月二四日、C地の持分各二分の一を長女の原告と二女の被告に、A地を被告に、B地を原告に相続させる旨の公正証書遺言をなした。

3 藤次は、昭和六一年一一月二四日死亡し、右遺言により、原告はC地の持分二分の一、B地所有権を、被告はC地の持分二分の一、A地所有権をそれぞれ取得した。

4 原告は、昭和六三年一一月一五日、B地上に木造石綿スレート葺平屋建居宅床面積約七二平方メートル(本件建物)を建築することの建築確認を得た。

その後、原告は、本件建物の建築工事に着工しようとしたが、被告がC地上に自動車、スクーター、自転車、かいづかなどの植木、植木鉢を放置して原告の通行を妨害したので、被告を債務者に相手どって妨害禁止の仮処分を申請(横浜地方裁判所平成元年(ヨ)第一四八号)したものであり、右申請に基づき、平成元年三月二四日、「被告は、原告が本件建物を建築する際に、C②地を建築工事用資材の搬入、工事車両の通行のために使用することを妨害してはならない。」ことなどを命ずる仮処分決定(本件仮処分決定)が発令されたので、工事に着手し、同年六月二四日完成させたが、被告はその後も原告がC①地を通行するのを妨害している。

5 被告は、A地から別紙第二図(第二図)表示のC②地の斜線部分にその所有にかかる竹木の枝を張り出して自動車の通行を妨害し、C②地の使用を妨害している。

6 原告は、有限会社杉山工務店(杉山工務店)に本件建物の建築を注文し、昭和六三年一一月に着工を予定していたところ、被告の妨害により着工が大幅に遅れ、同社から建築請負契約所定の工事の遅れによる工事追加分として金九八万五〇〇〇円を請求されて支払い、同額の損害を被った。

7 原告は、本件建物を賃貸することにし、若林不動産株式会社(若林不動産)に斡旋を依頼したところ、平成元年六月末頃、第三者より賃料月額一四万円で賃借の申込みがあったが、被告がC地内に自転車を置いて通行を妨害し、若林不動産の者や賃借人側の者に対して紛争地であることを告げて、賃借の申込みを撤回させたので、同年一〇月に別の賃借人と契約ができるまで、同年七月から同年九月までの間、月額一四万円の割合による賃料合計金四二万円を逸失し、その損害を被った。

8 よって、原告は被告に対し、持分権に基づいてC②地の通行妨害禁止、前記竹木の枝の剪除を、また不法行為による損害賠償金一四〇万五〇〇〇円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1 請求の原因1ないし3の事実はいずれも認める。

2 同4のうち原告が本件建物の建築確認を得たこと(ただし、B地のほか、共有のC地をも自己所有地と偽って確認申請したものである。)、本件仮処分決定が発令されたこと、本件建物の建築が完成したことはいずれも認めるが、その余の事実は否認ないし不知。

被告は、昭和五七年頃、藤次からA地及びC②地を建物所有の目的、賃料年額七万円で賃借し、同賃借権に基づいて使用してきた。

3 同5の事実は否認する。

4 同6、7の事実はいずれも否認ないし不知。

(反訴)

一  請求の原因

1 本訴請求の原因1ないし3記載のとおり

2 被告は、昭和五七年頃、藤次からA地及びC②地を建物所有の目的、賃料年額七万円で賃借し、同年二月、A地上に夫の越近次(近次)名義の建物(被告宅)を建築した。

3 被告は、C①地を通って東側にある公道に出入りしていたところ、原告は平成元年四月頃から同年六月にかけ、被告に無断でC①地を切り崩し、東側にある公道との間に一メートル以上の段差を設けて通行を不能にし、被告の通行を妨害している。

4 右通行妨害による損害は、平成元年七月一日以降、月額三四二五円である。

5 原告は、平成元年五月、被告に無断で被告宅の玄関脇のC②地内に汚水及び排水のためのマンホール各一個を埋設し、また被告に無断で被告宅出入口付近のC②地内に電気引込み用の電柱一本を設置し、被告の持分権を侵害している。

6ないし9〈省略〉

10 よって、被告は原告に対し、持分権に基づいてC①地の通行妨害禁止、前記マンホール、電柱の撤去を、また平成元年七月一日から右通行可能ないし撤去までの持分権侵害による損害賠償、不法行為による損害賠償金二二九万六二〇〇円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1 請求の原因1の事実は認める。

2 同2の事実は不知。

3 同3、4の事実はいずれも否認する。

4 同5のうち本件マンホール、電柱の設置は認めるが、その余の事実は否認する。

5 同6ないし9の事実はいずれも否認ないし不知。

理由

第一本訴について

一請求の原因1ないし3の事実はいずれも争いがない。

二通行妨害禁止請求

請求の原因4のうち原告が本件建物の建築確認を得たこと、本件仮処分決定が発令されたこと、本件建物の建築が完成したことはいずれも争いがない。

被告は、昭和五七年頃、藤次からA地及びC②地を建物所有の目的で賃借した旨主張し、本人尋問で同旨を供述するが、A地は別として、C②地を賃借したとの点については的確な裏付けを欠き、認めることはできない。

前記各争いのない事実及び証拠(〈書証番号略〉、証人並木美千代、原告・被告各本人)によれば、次の事実が認められる。

すなわち、

1  A地、B地、C地の形状、位置関係や周囲の概況は第一、二図記載のとおりであり、B地の東側にある農道は幅員二メートル弱の現状で歩行者や自転車は通行可能であるが、自動車の通行はできず、A地の西側にある道路は幅員四メートル超の一般の交通の用に供されている公道であり、自動車でB地を出入りするにはC①地、C②地を通る必要がある。

本件公正証書(〈書証番号略〉)による藤次の遺言時や同人死亡時のC地は更地であり、右公正証書上において、AB両地が宅地と表示されていたのとは異なり、C地は現況道路と表示されていたものであって、原被告共用の通路に使用することが藤次の意思であった。

2  原告は、昭和六三年九月か一〇月頃、杉山工務店に本件建物の建築工事を注文し、その後、同年一一月一五日、本件建物の建築確認を得た(ただし、その確認申請はB地のほか、共有のC地をも自己所有地と不実を記したものであった。)のち、杉山工務店によって本件建物の建築工事に着工しようとしたが、それ以前よりC②地を自動車置場などに使用していた被告は、原告の着工の意思を知ったのちも、C②地上に自動車、スクーター、自転車、かいづかなどの植木や植木鉢を放置して同土地を単独使用を続け、工事用車両の通行ができないようにしていた。

3  被告は、昭和六三年一一月二四日、所轄港南区役所の建築課において、原告の確認申請がB地のほかにC地をも自己所有地としてなされていたのを知り、C地が被告との共有地である旨苦情を申し述べた。これに対し、対応した同課の係員は、その後、原告の代理人として確認申請をした設計士に連絡して善処を求め、同設計士が杉山工務店に連絡して着工の一時延期を求めたので、原告及び杉山工務店は着工を一時見合せることにしたが、それに不満な原告と被告との間に対立が生じた。

4  そうするうち、原告は、平成元年、被告を債務者に相手どって本件建物建築工事のためのC地の通行妨害禁止を求める本件仮処分の申請をし、同年三月二四日、右申請に基づき、「被告は、原告が本件建物を建築する際に、C②地を建築工事用資材の搬入、工事車両の通行のために使用するのを妨害してはならない。」ことなど命ずる本件仮処分決定が発令された。

5  原告は、その後まもなく本件建物の建築工事に着工し、C②地を工事のための通路に使用し、平成元年六月二八日頃、B地の西半分位を敷地に囲って本件建物を完成させ、同年一〇月頃から第三者に賃貸し、現に同賃借人が入居しており、残りのB地の東半分位を貸し駐車場にしている。

6  右工事中、被告による妨害はなされなかったが、それは本件仮処分決定の効力に基づくものである。被告は、現在、被告所有のA地から竹木の枝がC②地に越境して張り出し、右賃借人なし駐車場借主によるC②地の自動車の通行に支障を与える状態になっているのにこれを放置している。

以上の事実が認められ、右事実によれば、被告は、原告がC②地を通行するのを妨害したことがあり、今後も妨害するおそれがあると認められるから、被告に対してその妨害禁止を命ずるのが相当である(原告の確認申請に前記不実記載があったにしても、直ちに被告のC②地の単独使用を正当化することはできないし、C②地上の自動車等の放置や越境竹木枝の放置による通行妨害は、被告の有する二分の一の持分に応じた使用の範囲を超えたものというべきである。)。

三竹木の枝の剪除請求

証拠(〈書証番号略〉、原告本人)によれば、原告は、前記のとおり、平成元年一〇月頃から本件建物を第三者に賃貸し、B地の西半分位をその敷地として使用させているほか、その余の東半分位を九台分の貸し駐車場にしているところ、被告所有の竹木の枝が第二図の斜線部分表示のとおりA地からかなりの規模でC②地上に張り出し、越境していてC②地を通ってB地に出入りする右賃借人、駐車場借主等の自動車の円滑な進行を妨げているが、そのままに放置していることが認められ、これはC地についての被告の持分に応じた使用の範囲を超えて、原告の持分権を侵害するものと認められるから、被告は右竹木の枝の剪除をすべきである。

四通行妨害による損害賠償請求

原告の本件建物の着工から完成に至る経緯のあらましなどは前記二認定のとおりであり、同認定事実によれば、工事が遅延した主な原因は前記の不実記載のある確認申請をした建築主の原告が、代理人の設計士を介して当局の指導を受け、法的解決まで自主的に見合わせたことによるものと認められ、確かに、被告の通行妨害も工事遅延の一因になっていることも窺い知ることができるけれども、原告と杉山工務店との間の契約内容の詳細は明らかではなく、この点に関する証人杉山照太郎、原告本人の各供述によっては直ちに原告の追加分の支払(〈書証番号略〉)との間に相当因果関係があることまでは認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

五賃貸借妨害による損害賠償請求

証拠(〈書証番号略〉、原告本人)によれば、原告は、当初は自ら本件建物に居住するつもりでいたものの、平成元年六月中の完成間近には第三者に賃貸する方針を固め、その頃、若林不動産に賃貸借の斡旋を依頼し、これに基づき同社が賃借人の募集を始めたことが認められるけれども、進んで同月末頃に賃借申込人との間に賃貸借契約が締結され、それが被告の妨害により解消を余儀なくされたとまでの事実を認めるに足りる証拠はない。

六結論

よって、原告の通行妨害禁止、竹木枝の剪除請求は理由があるが、その余の請求は理由がない。

第二反訴について

一請求の原因1の事実は争いがない。

二C②地の賃借権

被告が昭和五七年頃に藤次からC②地を建物所有の目的で賃借したとの事実は前記のとおり認めることができず、A地については賃借したとしても藤次死亡による遺言によって被告が取得した所有権との混同により消滅したものと認められる。

三通行妨害禁止請求

証拠(〈書証番号略〉、証人並木美千代、原告・被告各本人)によれば、原告が建築工事を開始する前のA地(同地上には被告宅が昭和五七年三月頃に建築されていた。)、B地、C地は、全体として、農道のある東側が少し高い、ごくゆるやかな傾斜のある土地になっており、A地が被告宅建物の敷地になっていたのを別として、B地、C地の大半はいずれも雑草の繁茂した荒れ地状態であったこと、原告は、平成元年三月末か四月初め頃から六月二八日頃までにおける本件建物の建築工事に際して、被告の承諾を得ないで、杉山工務店によって、B地及びC地のうち高い場所の地盤を削り、低い場所に盛土するなどして整地し、B地、C地をほぼ平坦にしたこと、こうしてC①地の地盤を削り取ったので、C①地の地表が東側の農道面より、時期により多少の差異があるが現在時点で約四、五十センチメートル位低くなり段差ができたので、工事中及びその後の一定期間にわたり、通り抜けがやや困難な状態になったこと、しかし、原告は、その後、しばらくして農道との境のC①地内にコンクリート製ブロックを三段に積んで階段を設置し(なお、原告は、本訴係属中の平成二年九月末日頃に金属製のフェンスをも一時作ったが、同日中に撤去した。)、平成三年二月にも同様の階段を併設し、被告を含む歩行者の通行や自転車の通行には差し支えがない現状になっていること、この間、被告は、地盤を削り取る前の状態への原状復帰を求める態度を取り続け、原告に対して階段の設置や坂にして通り抜けが容易になる措置を求めたようなことはなく、却って通り抜けが困難になる右ブロック階段の撤去を求めていたとの事実が認められる。

そうして、右事実によれば、前記段差が生じたことにより、かなりの期間、C①地と農道との通り抜けがやや困難な状態になったことのあることが認められるが、それは本件建物の建築工事のための整地工事に伴い生じたやむをえない事態であったと認められるところ、ブロック階段の設置により、支障はなくなったし、加えて段差のあることを前提にしての通り抜けが容易になる措置を求めず、あくまで右ブロック階段の撤去を求めていた被告の態度をも併せ考えれば、右事態により、原告が、被告のC①地の通行を妨害したものと認めることはできず、他に原告が被告の通行を妨害し、又は妨害するおそれがあるとの事実を認めるに足りる証拠はない。

四通行妨害による損害賠償請求

前叙のとおり、原告が被告のC①地の通行を妨害したことがあることは認められないから、原告に損害賠償責任があるとはいえない(仮に、右三認定事実により、過去の一時期に通行妨害と目しうる事態があったとしても、同認定事実を総合して考えれば、原告の行為に違法性があったものと認めることはできないし、損害額の立証もない。)。

五マンホールなどの撤去請求等

請求の原因5のうちマンホール、電柱の設置は争いがなく、証拠(〈書証番号略〉、証人杉山照太郎、原告本人)によれば、右マンホールは本件建物から生ずる汚水及び排水のためのもので、C②地の北西端に並べて土中に埋設されており、地表には石製蓋が見えるだけであって、自動車や歩行者の通行の妨害になっておらず、また、右電柱は本件建物への電気引込み用のもので、A地にある被告宅の玄関に近いC②地

内の北西角付近に立てられているが、自動車や歩行者の通行妨害にはなっていないことが認められ(右電柱付近の被告宅玄関脇には、被告方の樹木が密生、繁茂していることが明らかであり、この電柱があるがために被告が路上駐車を余儀なくされているとの事実は認め難い。)、右事実によれば、右マンホール、電柱の設置は、原告の持分に応じた使用の範囲内と認められる。

したがって、被告の持分権を侵害しているものとはいえず、原告に撤去義務や損害賠償責任はないというべきである。

六ないし八〈省略〉

九結論

よって、被告の反訴請求はいずれも理由がない。

(裁判官榎本克巳)

別紙物件目録

(1) 所在 横浜市港南区笹下三丁目

地番 四六二一番一

地目 畑(現況非農地)

地積 二七平方メートル

(実測104.35平方メートル)

(別紙第一図表示のC①地、C②地)

(2) 所在 横浜市港南区笹下三丁目

地番 四六二一番三

地目 畑(現況宅地)

地積 三六七平方メートル

(別紙第一図表示のB地)

(3) 所在 横浜市港南区笹下三丁目

地番 四六二一番二

地目 畑(現況宅地)

地積 三六八平方メートル

(別紙第一図表示のA地)

以上

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